AI時代に人間が担うのは、思想である
作る技術の次に、何を作るかが問われる
前の節で見たように、UIを作る技術は、専門家の外へも広がりつつある。
AIが複数の案を短時間で作れるようになると、作り手には、その中から何を選ぶかという判断が求められる。
使いやすそうな案も、目を引く案もある。その中から、届けたい価値に合うものを選ぶためには、判断の基準が必要になる。
では、その判断を導くものは何か。
答えは、思想である。
思想とは、そのプロダクトが存在する理由である
この本でいう思想とは、そのプロダクトがなぜこの世界に存在するのかという問いに対する、明確な答えである。
誰の、どのような状況を変えるために存在するのか。その人へ、どのような未来を渡したいのか。このプロダクトだからこそ担える役割は何か。
これらの問いに答えられることが、思想を持つということである。
機能や画面は、時代とともに変わる。利用される端末も、技術も、ユーザーの行動も変わっていく。しかし、そのプロダクトが存在する理由は、すべての変化の中心に残り続ける。
思想が明確であれば、技術や環境が変わっても、何を変えるべきか、何を守るべきかを判断できる。
多くの選択肢を前にしたときにも、その答えに立ち戻ることで、届けたい価値に合うものを選べるようになる。
すべての設計は、一つの思想から生まれる
思想は、事業構想や企画書で示したあと、日々の設計判断にも通わせていくものである。
ユーザーの体験設計。ユーザーフロー。一つひとつの画面。ボタンや入力欄などの細かなパーツ。デザインシステム。機能要件。表示される言葉や、操作したときの動き。
プロダクトを形作るすべての要素が、一つの思想のもとに揃っている必要がある。
「使いやすい」「迷わせない」「安心して使える」といった品質を大切にしながら、さらに、そのプロダクトならではの価値を具体的にする。
誰の、どのような状況を、ほかにはないどのような方法で変えるのか。その結果として、これまで存在しなかったどのような体験や未来を生み出すのか。
その固有の価値が明確になって初めて、必要な機能、情報を見せる順番、使う言葉、画面の振る舞いまで、そのプロダクトにしかない形として決まっていく。
機能要件も同じである。その思想を実現するために必要な機能を選び、何をあえて提供しないかも決める。
思想は、何を作り、何を作らないのかを決める、すべての設計判断の起点なのである。
神経と血管のように、思想を全体へ通わせる
私は、思想がプロダクトへ行き渡る状態を、人間の神経と血管に近いものだと考えている。
神経を通じて、脳の意志は身体の隅々まで伝わる。血管を通じて、心臓の脈動と生命を保つための血液が、身体のすべてへ届けられる。
プロダクトも同じである。
思想という意志が、神経を通るように、ユーザー体験、フロー、画面、機能、言葉、動きへ流れ込んでいく。提供者の思いと目指す未来が、血管を通る脈動のように、ユーザーが触れるあらゆる場面へ届いていく。
入口の案内から、入力の途中、操作の完了後まで、同じ思想をもとに設計する。
顧客を大切にするという思想があるなら、普段の操作を便利にし、エラーが起きたときには状況と次の行動を分かりやすく伝える。解約する場面でも、本人が迷わず手続きを進められるようにする。
どの場面にも同じ思想が通っていることが、途切れのない体験を支える。
ユーザーが触れるすべての場面に同じ意志が流れ、どの瞬間にも提供者の脈動が感じられる。
そこまで思想が行き渡って初めて、提供者が思い描いたユーザー体験を、現実の体験として届けられるのである。
何のために作るのかを、人間が定める
AIは、与えられた目的に対して、優れた形を作ることができる。過去の膨大な事例からパターンを学び、効率的なフローを提案し、細部まで整ったUIを短時間で生み出せる。
そのプロダクトをなぜこの世界に存在させるのかは、人間が引き受ける判断である。
どのような未来を望むのか。誰の、どのような痛みをなくしたいのか。効率や利益だけでは測れない何を守るのか。社会へ、どのような状況を生み出したいのか。
これらの問いに答え、実現したい方向をAIへ伝えるのが、作り手と企業の役割である。
AIが作れる形の数が増えるほど、人間には、どの形を選ぶのかを判断する基準が必要になる。
人間が担うべきことは、何を作り、どんな状況を生み出すかを選ぶことである。
そのプロダクトがなぜ存在するのかを定めること。その思想を、プロダクトを形作るすべての場所へ通わせること。そして、AIが生み出した無数の選択肢から、その思想に一致するものを選び続けること。
それが、AI時代に人間が担う最も重要な仕事なのである。