UI/UXの本質3 / 16

思想は、制約によって形になる

自由に作れば、良いプロダクトが生まれるのか

優れたプロダクトを作るためには、作り手をできるだけ自由にしたほうがいい。

価格も、ユーザーの都合も、既存の常識も気にせず、作りたいものを自由に作らせれば、これまでにないプロダクトが生まれる。

一見すると、そう思えるかもしれない。

このように制約を外して作られたプロダクトは、実際に消費者から選ばれたのだろうか。

まず、ソニーの「QUALIA(クオリア)」の失敗から考えてみたい。

ソニーのQUALIAは、なぜ失敗したのか

2003年、ソニーは「QUALIA(クオリア)」という高級製品群を発表した。

QUALIAの出発点には、作り手の情熱や感性を解放し、制約なしに自由に作れば、優れた製品が生まれるという考えがあった。

価格や従来の商品カテゴリーといった制約を外し、デザイナーや技術者が本当に作りたいものを作る。

その結果、これまで見たことのないような製品が生まれた。

たとえば、手のひらに収まるほど小さなデジタルカメラ。

美しい彫刻のようなポータブルMDプレーヤー。

ほかにも、テレビやプロジェクターなど、当時の一般的な家電とはまったく違う製品が並んだ。

どの製品にも、ソニーの高い技術力と作り手の執念が注ぎ込まれていた。

しかし、QUALIAは消費者に十分に選ばれず、事業として失敗した。

新製品の開発は打ち切られ、生産と販売も順次終了することになった。

高い技術力があり、作り手が情熱を注ぎ、これまでにない製品を自由に作った。

それでも、使う人に選ばれるプロダクトにはならなかったのである。

この失敗から私が伝えたいのは、作り手の技術や情熱を、使う人にとっての価値へ結びつけるために、制約が必要だということである。

誰のために、何を優先して設計するのか。

その条件を定めることで、無数にある作り方の中から、使う人にとって意味のある設計を選べるようになる。

これとは対照的に、使う人へ届けたい価値を先に定め、そこから設計上の制約を導いた成功例が、フォルクスワーゲンのゴルフである。

初代ゴルフは、何を先に決めたのか

フォルクスワーゲンの初代ゴルフ。黄色い車体を斜め前から撮影した写真
初代フォルクスワーゲン・ゴルフ。写真:BKM_BR / Wikimedia Commons(CC BY 2.0、画像は無加工)

フォルクスワーゲンの初代ゴルフは、1974年に登場した。

発売から約2年半で累計100万台に達し、初代の派生車種を含む世界販売台数は1983年までに約690万台に上った。

ゴルフの設計では、限られた大きさの車体の中に、人が快適に過ごせる空間をできるだけ広く取ることが重視された。

その中心にあるのが、「コンパクトな車で、人が快適に過ごせるようにする」という思想である。

使う人へ届けたい価値をこのように定めると、守るべき条件も具体的になる。

車体はコンパクトに保つ。

その中で、人と荷物のための空間を優先する。

限られた車体の中に広い室内を確保するには、機械が占める空間を小さくする工夫が必要になる。

初代ゴルフは、車体前方にエンジンを横向きに配置し、前輪を駆動する構造を採用した。

この構造によって、コンパクトな車体と広い室内を両立させたのである。

さらに、折りたためる後部座席や大きなテールゲート※を採用し、限られた車体を、人と荷物のために最大限使えるようにした。

※テールゲート(車体後部にある、荷物を出し入れするための大きな扉)

エンジンの配置は、人が過ごす空間を広げる。後部座席とテールゲートは、その空間を目的に合わせて使えるようにする。

異なる部分の設計が、コンパクトな車の中で快適に過ごすという、一つの価値につながっている。

ここに、思想と制約から設計を考えることの意味がある。

QUALIAとゴルフの違いは何だったのか

QUALIAでは、作り手の感性や技術を自由に解放することが重視された。

どこまで小さくできるか、どれほど美しくできるか。その追求から、高い技術力と作り手の情熱を感じさせる製品が生まれた。

しかし、その小ささや美しさによって、使う人へどのような価値を届けるのか。その価値のために何を優先し、何を諦めるのかという、設計を導く制約が欠けていた。

作り手が作りたいものを追求することと、使う人が求めるものを作ることは、同じではない。

その間をつなぐために必要なのが、届けたい価値を定める思想と、その思想から生まれる制約である。

一方、ゴルフには、限られた車体の中で、人が快適に過ごせる空間をできるだけ広くするという思想があった。

そこから、車体はコンパクトに保ち、人と荷物のための空間を優先するという制約が生まれた。

その制約が、エンジンの配置、座席、荷室、テールゲートといった、一つひとつの設計を同じ方向へ揃えていった。

何を優先すべきかが明確だからこそ、その条件を満たすために、技術や発想を最大限に使うことができる。

思想から制約を定め、その制約の中で工夫を重ねることが、使う人に選ばれるプロダクトを作るために欠かせないのである。

思想が制約を生み、制約が設計を揃える

思想とは、そのプロダクトが何のために存在し、社会へどのような価値をもたらすのかを定めることである。

思想が決まれば、その価値を実現するために、守るべき条件が見えてくる。

それが制約である。

制約は、自由な発想を届けたい価値へ向けるためにある。

無数にある選択肢の中から、何を選び、何を捨てるのかを判断するための基準である。

思想が、実現する価値を決める。

思想から、必要な制約が生まれる。

制約が、一つひとつの設計を同じ方向へ揃える。

そして、その判断を積み重ねることで、思想は初めて、人が触れられるプロダクトになる。

思想から制約を通して設計へ思想が価値を定め、そこから生まれた制約が設計の選択を揃える。 思想 制約 設計
思想から制約を通して設計へ思想が価値を定め、そこから生まれた制約が設計の選択を揃える。 思想 制約 設計

QUALIAの失敗とゴルフの成功から学べるのは、作り手の技術や情熱を、使う人にとっての価値へ結びつけるために、制約が必要だということである。

誰に、どのような価値を届けるのかを思想として定め、そのために何を優先し、何を諦めるのかを明確にする。その制約が、一つひとつの設計を導いていく。

では、そのプロダクトを導く思想は、どのように見つければいいのか。

次の節では、思想を生み出し、それを設計に使える制約へ変えていく方法を考えていく。