デザインとは、思想に輪郭を与える行為である
デザインは、思想を人が触れられるものへ変える
ここまで述べてきたように、プロダクトの最上段には思想がある。
その思想から、何を優先し、何を捨て、何を守るのかという制約が生まれる。
そして、その制約が機能、構造、言葉、動きといった一つひとつの設計を、同じ方向へ揃えていく。
では、この一連のプロセスにおいて、デザインは何をしているのだろうか。
デザインとは、思想をユーザーが求める価値と結びつけ、人が触れられる形へ変えていく行為である。
姿や形、言葉、音、動き、時間の流れを与えることで、思想は初めて、人が感じ取れるものになる。
UI/UXにおけるデザインとは、思想を、人が実際に触れられる体験へ変換するプロセスなのである。
最上段の思想から、輪郭は生まれる
ここでいう輪郭には、外側の形から使うときの振る舞いまでが含まれる。
どのような機能を持つのか。
どのような順番で体験が進むのか。
どの言葉で語りかけるのか。
操作に対して、どのような動きや音で応えるのか。
ユーザーが迷ったときや失敗したときに、どのように支えるのか。
これらのすべてが、思想に与えられる輪郭である。
思想が明確であれば、その思想に必要な輪郭を考えることができる。
見た目を選ぶときも、まず、その形によって人にどのような体験を届けたいのかを考える。
外側の形は、思想から制約が生まれ、その制約に従って細部を設計した結果として現れる。
内側にある理由を一つずつ形へ反映していくことで、そのプロダクトならではの姿が生まれる。
大学生の私が描いた、十枚の家具のスケッチ
私がこのことを初めて強く理解したのは、大学生の頃だった。
大学時代、建築家でもある教授の事務所に呼んでもらい、仕事を手伝うことがあった。
建築や家具が好きだった私にとって、その事務所で過ごす時間は、とても刺激的なものだった。
あるとき、その先生のもとへ、カッシーナという家具ブランドから、これまでにない新しい家具を考えたいという相談が寄せられた。
先生は私に、「鳥越君も案を出してみていいよ」と声をかけてくれた。
私は、好きだった家具の仕事に関われることがうれしくて、すぐにスケッチを始めた。
夜中まで机に向かい、思いつく限りの形を描いた。
線の美しいもの。
構造が目を引くもの。
それまで見たことのないシルエットを持つもの。
正確な数は覚えていないが、十案ほどを描き上げ、期待を抱きながら先生の事務所へ持っていった。
どの案にも、自分なりの工夫を入れたつもりだった。
少なくとも、そのときの私は、見た目として新しい家具を考えたと思っていた。
しかし、先生はスケッチを見ると、形の良し悪しを評価する前に、私へ一つの話をしてくれた。
先生が教えてくれた、フォルクスワーゲン「ゴルフ」の設計
先生は私に、「フォルクスワーゲンのゴルフを知っているか」と尋ねた。
そして、ゴルフは人が過ごす空間から設計したことが重要なのだと話してくれた。
人が過ごす空間を広く取るために、エンジンの配置を考える。人と荷物のために車内を使えるよう、座席や荷室の構造を考える。
そうした判断が積み重なって車全体の形が決まり、結果としてあの外観が生まれたのだと教わった。
先生の話を通して、私は、人へ届けたい価値から構造や外観を考えるという順番を学んだ。
このゴルフの話は、この章の最初に扱った事例でもある。
私がこの事例を長く覚えているのは、自分が描いた家具のスケッチに何が足りなかったのかを、具体的に理解したからである。
私の案に欠けていたもの
私が持っていった案の多くは、スタイリングの提案だった。
見た目として面白いか。
新しく見えるか。
家具として美しいか。
私は、その外側の形を生み出すことばかりを考えていた。
しかし、なぜその家具が、この世界に存在しなければならないのか。
その家具によって、人のどのような状況が変わるのか。
ほかの家具ではなく、その形でなければならない理由は何か。
その価値を実現するために、どのような制約が必要なのか。
私の案には、そうした問いへの答えが入っていなかった。
形は違っていても、そこにあるのは見た目の差でしかなかった。
その家具にしかもたらせない価値も、その形でなければならない必然性もなかったのである。
先生からゴルフの話を聞いたとき、私は、はっとした。
世の中に存在するものは、内側にある理由から考えるのだと初めて理解した。
まず、そのプロダクトがなぜこの世界に存在するのかを考え、そこから新しい形を探す。
そして、その思想を実現するための制約を定め、構造や機能を一つずつ設計する。
外側の姿は、その積み重ねの最後に生まれる。
このときの気づきは、その後も長く、私の仕事の中心にあり続けた。
同じ考え方は、家具や建築からデジタルプロダクトまで通じる。
プロダクトも、サービスも、UI/UXも、外側の形から考え始めると、見た目の新しさや違いを追い求めることになりやすい。
内側にある思想から考えることで、そのプロダクトだからこそ必要な形が生まれてくる。
形は、内側の思想から決まる
優れた形は、使う人へ届けたい価値から育っていく。
思想が、制約を通して構造や機能へ行き渡った結果である。
その形が生まれた理由まで捉えることで、形に込められた価値を理解できる。
何を実現するために、その構造や機能を選んだのか。そこまで考えることで、見た目と使い心地を結びつけられる。
デザインでは、そのプロダクトが何のために存在するのかを問い、その答えを実現できる形を見つけていく。
思想が変われば、必要な機能も変わる。
機能が変われば、構造も変わる。
構造が変われば、最終的な姿も変わる。
つまり、外側の形は、内側にある思想の結果である。
プロダクトの姿には、その作り手が何を大切にし、何を諦め、何を守ろうとしたのかが現れる。
思想、機能、構造、外観が一つにつながり、どの部分にもその形を選んだ理由がある。その整合が、プロダクトの美しさを支えている。
UI/UXの細部まで、同じ思想を通わせる
この原則は、UI/UXにおいても変わらない。
画面を考えるときも、届けたい体験からボタンの形や色、余白、文字の大きさを選ぶ。
まず、そのサービスやアプリが何のために存在し、ユーザーへどのような固有の価値を渡すのかを明確にする。
その思想から、誰のために設計するのかが決まる。
どの行動を優先し、どの機能を入れないのかが決まる。
ユーザーフロー、情報の順番、画面の構造、言葉遣い、動き、音、エラーが起きたときの応答まで、あらゆる細部が同じ思想から導かれていく。
思想が明確であるほど、細部へ判断の基準を通すことができる。
説明文、操作、操作に返す反応まで、ユーザーが触れる場所に同じ思想が現れることで、一つの体験が生まれる。
デザインやUXに携わる人は、最上段の思想を理解し、それを一つひとつの設計判断へ変換していく。
姿、形、言葉、音、動きは、そのために使われる輪郭である。
デザインとは、思想がこの世界で人に触れられるように、その内側から輪郭を与える行為なのである。