制約の中から存在意義を見つける
思想は、現実の中で磨かれていく
前の節で見たように、思想は、制約を通して一つひとつの設計へと落とし込まれていく。
では、その出発点となる思想は、どのように見つければいいのだろうか。
出発点にあるのは、「私たちは、このプロダクトで人々の生活をこう変えたい」という作り手の意志である。
その意志をもとに、何を作り、どの方向へ進むかを考え始める。
作り手には、自分たちが見ている課題がある。一方でユーザーには、日々の生活や仕事の中で感じている現実がある。
両者を照らし合わせると、同じ問題だと考えていたことにも、捉え方の違いが見つかる。
その違いを知ることで、最初の意志を、ユーザーが求める価値へ具体的に結びつけられる。
思想は、このように現実と向き合いながら、少しずつ輪郭を明確にしていくものである。
制約は、思想を試すための仮説である
作りたいプロダクトの方向が見えてきたら、次に、何を大切にして作るのかを決める。
誰に使ってもらいたいのか。その人の生活をどう変えたいのか。そのために何を優先し、何をあえて作らないのか。
こうして、設計するときに守る条件を決めることが、制約を設けるということである。
最初は、「この条件で作れば、使う人が求めるものになるはずだ」という考えから始めてよい。
その条件をもとに実際に作り、使ってもらうことで、自分たちが大切にしたことが、使う人にとっても価値になっているかを確かめていく。
制約が、選ぶべき価値を明確にする
プロダクトがうまくいかないとき、制約を設けすぎたことが原因だと考えたくなる。
対象を広げ、機能を増やし、できることを多くすれば、より多くの人に受け入れられるように思えるからである。
ただ、対象や機能を広げる前に、いま何を優先しているかを確かめる必要がある。
何かを始める側は、自分たちのアイデアを特別なものだと感じやすい。
けれども、制約が曖昧なまま形にすると、すでに世の中にある別のプロダクトと、同じような価値を提供するものになりやすい。
対象となる人も広い。
解決する課題も広い。
使われる場面も広い。
その結果、できることは多いのに、なぜそのプロダクトを選ぶ必要があるのかが分からなくなる。
ほかのプロダクトと価値が重なる場合には、その中で自分たちがどの役割を担うかを考える。
誰の、どの場面に力を集中させるのか。何を引き受け、何をほかの方法に委ねるのか。
その境界を定めることで、作るべきものと、ユーザーに伝えるべき価値が明確になる。
制約によって、そのプロダクトが必要とされる理由が見えてくる
誰のために、何を優先して作るのかを絞っていくと、その人にとって、なぜこのプロダクトが必要なのかが見えてくる。
それが、プロダクトの存在意義である。
その理由を具体的にするために、使う人がどのような場面で困っているのか、自分たちの技術や経験で何ができるのかを考える。
さらに、使える時間や予算、実際に使われる環境を踏まえ、どこに力を集中させるかを決めていく。
誰にでも使えるものから、ある状況にいる人のためのものへ。
多くの課題を扱うものから、解決すべき一つの課題に集中するものへ。
便利な機能を並べたものから、特定の変化を生み出すものへ。
制約が明確になるほど、ほかのプロダクトとの違いも明確になる。
同時に、ユーザーにとっては、「これは自分のためのものだ」と判断しやすくなる。
価値は、できることの中から何を選び、誰へ届けるかによって形になる。
ある人の、ある状況に対して、ほかでは得られない答えを渡せるかどうかによって決まる。
その答えを見つけるためには、制約を置き、形にし、使ってもらい、反応を見るという往復が必要になる。
どの制約が価値を強くしたのか。
どの制約がユーザーの現実と合っていなかったのか。
どこに、まだ曖昧さが残っているのか。
この問いを重ねることで、そのプロダクトが存在すべき場所が少しずつ見えてくる。
ユーザーの反応から、思想を研ぎ澄ます
プロトタイプを使ってもらったら、ユーザーの言葉や行動を通して、届けたい価値が実際に伝わっているかを確かめる。
使われなかった機能があれば、見せ方とともに、その機能が思想に必要だったのかも問い直す。
想定していなかった使われ方が生まれたなら、ユーザーがそこに見いだした価値を観察する。
ある制約が不便だと言われたときも、すぐに取り除くのではなく、その不便が思想を守るために必要なものなのか、それとも作り手の思い込みなのかを見極める。
この往復によって、思想は少しずつ研ぎ澄まされていく。
最初の思いを大切にしながら、現実から得た気づきを設計へ取り込む。
作り手が実現したい価値と、ユーザーが実際に求めている価値が重なる場所を探し続ける。
その重なりが明確になるほど、思想を具体的な設計の判断基準として使えるようになる。
思想を研ぎ澄ますとは、現実の判断に使えるところまで明確にすることである。
このプロダクトが誰のために、何を引き受けるのかを、より正確に定め直すことである。
存在意義が明確になれば、設計は自然に揃う
存在意義が明確になると、プロダクトづくりにおける多くの判断が容易になる。
必要な機能と、必要のない機能が分かれる。
優先すべきユーザーフローが決まる。
情報を見せる順番や、画面に置く言葉も定まる。
デザインシステムにどのような原則を持たせるべきかも見えてくる。
思想と制約をもとに、届けたい価値に合う選択肢を見分けられるからである。
何を作り、何を作らないかの両方が分かる。
その結果、プロダクトのあらゆる部分が同じ方向を向き、優れたUXが生まれる条件が整っていく。
さらに、存在意義が明確なプロダクトは、人に伝わりやすい。
自分のどのような状況を変えてくれるのかが分かれば、ユーザーも選びやすくなる。
固有の価値が明確であれば、その価値を必要とする人へ自然に届きやすくなる。
プロダクトづくりとは、制約を定義し続けることである
プロダクトを作ることも、社会へ広めることも、その中心にあるのは制約の定義である。
誰のために存在するのか。
何を実現するのか。
何を優先するのか。
そして、何をしないのか。
これらが定まれば、設計、開発、運用、発信における判断は、同じ思想から導けるようになる。
その判断が実際に役立っているかは、作り、使ってもらう中で確かめていく。
思想から仮の制約を作る。
制約をもとに形にする。
ユーザーの反応から、思想とのズレを見つける。
そして思想を研ぎ澄まし、さらに必要な制約を定める。
この循環を繰り返すことで、プロダクトの存在意義は明確になっていく。
この世界の中で、自分たちが引き受けるべき役割を見つけ、その役割を必要とする人へ届ける。
その役割が見つかったとき、プロダクトは初めて、「作ることができるもの」から「この世界に必要なもの」へ変わる。